第30回 宥音塚のねがい(1/2話)
南砺市城端の新町の北側に、宥音塚というのがあるのだが、あまり人に知られぬようになってしまった。 いまから四百五十年も昔のことになるが、ちょうどその頃、日本は戦国時代というて、日本人どうしが戦争し合って戦いに勝ったものが殿様になるという大変な時代であった。 自分たちが苦労して作った米や野菜は、ある日突然どこかの強い武士の命令によって取り上げられたり、せっかく実った畑の作物がふみ荒らされたりしてしまった。その上、百姓が急に他の土地の強い武士を攻めるための兵士にむりにされて、命までも失ったりするようになってしまった。 こんなとき、関東から一人の武士がひょっこり城端にあらわれた。 きっと、関東から来たというのだから、どこかの戦に負けて城端へ逃げてきて、ここで、兵を集めて、どこかへ攻めのぼろうと思ったのであろう。 ところが城端へきてみると、城端というところは、誠に信心の篤いところで、城主の荒木大膳という人が先頭に立って、福光から善徳寺を貰いうけて、仏教をひろめ町ぐるみで信心したところであった。そんなようすを見て、この武士は、すっかり感心して、いままで、自分が考えていたことはとても小さなことで、「上に立つものは、いつも下々の人民のことを思って、人のためになることを考えねばならぬ」と気づき、ある年、秋のこと、そろそろ風の冷たくなった朝、一丁の鍬でせっせと、土を掘りはじめた。
−つづく−
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現在の宥音塚
現在の宥音塚
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