第30回 宥音塚のねがい(2/2話)
穴が二メートルぐらいの深さになったとき、その上に木切れ、板ぎれを並べて土をかぶせ、松の小株を植え込んだ。 やがて、武士は頭を丸め、自ら宥音と名をかえて、 「私は武士であるが、城端の人たちとお付き合いしているうちに、人間は名誉より、お金よりももっと大切なものがあることに気がついた。 それは、どんな苦難に出遭っても、心の中だけは豊かに、平穏に、いついつまでもみんな仲良く生きていくことである。心の平穏を保つことのできるのは信仰の世界をおいてない。私は、この小塚の中の穴に入って一心に町の人のしあわせを祈りたい。」 といって、十月の八日、ひとりこの穴に入り、静かに坐って、お経をよみはじめた。 幾日も幾日も宥音和尚の読経の声が、わずかに開いた小塚の穴から力づよく聞こえたが、十日たち二十日たつうちに、ふっつりと唱えの声が絶えたということだ。 それ以来、町の人々はこの塚のことを宥音塚と名づけ、毎年十月の八日には宥音和尚を祀るお祭りが行われるのである。 和尚お手植えの松は、いまは切り株だけになったが、和尚の魂が四百五十年も経た昭和の時代になっているのに、そのねがいが城端の町の人の心に残っていて、だれがあげるともしれぬ灯明の光になって輝いているのだ。
―おしまい―
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