「いーとなみの」はとなみ野を中心とした砺波市・南砺市・小矢部市の生活や地域情報のポータルサイト
トップ ニュース イベント 映画情報 お店&企業 まちのお医者さん よみもの 番組案内 リンク マイページ
トップ > よみもの > となみ野ストーリー

イベント&お知らせ 参加のご案内

となみ野ストーリー
印刷用ページ

掲載日:2017年8月1日 次回更新日:2017年9月1日
となみ野ストーリー 第46回.下町ルネッサンスを実現した男

●川に育まれて…
墨田区長として、隅田川を中心に据えたまちづくりを進めたのが山ア榮次郎です。
 山アは、明治44(1911)年4月17日に西礪波郡西野尻村上川崎(現在の南砺市上川崎)で生まれました。幼い頃の彼は、はにかみ屋で甘えん坊な性格の少年でした。彼の遊び場は、家のすぐ近くを流れる清水川でしたが、そうした川に対する愛着が、彼の後世に大きな財産となります。 
 小学校を卒業した昭和2年4月、山アは福野町役場に就職します。しかしさらなる自分の可能性を見出そうと、22歳の時に友人を頼って上京します。その後は目白商業学校(現在の目白大学)で法律を学び、東京市向島区役所の臨時職員となります。
 昭和24年暮れ、ソ連での抑留生活を終えた山アは、墨田区役所(向島区と本所区が合併して誕生)に復職します。そして同38年には、墨田区の助役に就任します。
 昭和49年2月、区議会の圧倒的な支持を得て墨田区長に就任します。翌50年より区長職は公選となりますが、広く区民の衆望を背に初当選を果たします。

●「すべての人とは皆兄弟」
 公選で墨田区長に就任した山アは、「区民の目線でものを見る」という姿勢を打ち出し、どんな小さな集まりや催しもいとわず顔を出し、区民との触れ合いを大切にしました。そうした彼の姿勢は、多くの区民の心をつかみました。
 山アはまず昭和53年に、17年間途絶えていた「隅田川花火大会」を復活させ、東京の風物詩に新たな一ページを加えました。翌年には、全国に先駆けて「不燃建築物建築助成制度」をスタートさせます。
 さらに彼は、蔵前に一時移転していた国技館を、再び相撲の発祥地・両国に建設することを提案します。東奔西走の末、同60年1月に新・国技館が完成しました。
 昭和61年の暮れから風邪気味だった山アは、慌しい仕事が原因で体調を崩し、翌年1月入院します。そして闘病生活を続ける中、2月3日に75年の生涯を閉じます。


山崎榮次郎


バックナンバー

12月1日 となみ野ストーリー 第50回.商売に一途であり続けた男
11月1日 となみ野ストーリー 第49回.刀の魅力に惹かれた男
10月1日 となみ野ストーリー 第48回.故郷から文化復興に尽くした男
9月1日 となみ野ストーリー 第47回.タカラヅカに惹かれた男
8月1日 となみ野ストーリー 第46回.下町ルネッサンスを実現した男
7月1日 となみ野ストーリー 第45回.銀の鈴を鳴らし続けた男
6月1日 となみ野ストーリー 第44回.『ノーベル賞』に手が届きそうだった男
5月1日 となみ野ストーリー 第43回.『お笑い』を掘り起こした男
4月1日 となみ野ストーリー 第42回.よきフランスに惹かれた男
3月1日 となみ野ストーリー 第41回.教化の道を極めた男
2月1日 となみ野ストーリー 第40回.商都・高岡を救った男
ページの最上部
お問い合わせリンク・バナー著作権について免責事項利用規約個人情報についてサイトポリシー

Copyright (c) Tonami Satellite Television Network All rights reserved.