となみ野ストーリー 第49回.刀の魅力に惹かれた男
●すべては「疑うこと」から? 日本刀の入門書『日本刀辞典」をはじめ、数多くの入門書を執筆し、その魅力を発信し続けたのが、旧福光町出身の得能一男です。 得能は昭和8年1月12日、西礪波郡吉江村荒木(現在の南砺市荒木)で生まれました。幼い頃から歴史好きで、同20年に旧制礪波中学校(その後は福野高校に編入)に入学、卒業後は警視庁へ就職します。 ある時、日本刀を見る機会があった得能は、初めて日本刀を目にし、その美しさに感激、以来その魅力に惹かれ、「『警察六法』ではなく刀剣書」というほどでした。得能は、「刀を知るには、その時代の歴史と他の芸術品や人文・地理までを理解しなければ」と考え、史実研究に余念がありませんでした。また彼は「『正宗』だからいい刀、ではなく、自分が気に入ればそれでいい。刀は見ているだけで満足感にひたれるものだ」と、鑑定家らが興味本位で値を吊り上げる風潮を厳しく批判しました。
●世界を舞台に日本刀を啓蒙 昭和47年、得能は各地の刀剣研究グループ「刀剣研究連合会」を創立します。彼は、会員相互の親睦をはかることに主眼を置き、初心者にもわかりやすく刀の魅力を解きました。翌48年には『日本刀辞典』を発刊、慣習にとらわれない解説書として人気を博しました。 ライフワークの集大成は、『新版刀工大鑑』の発刊でした。刀工に秘められた歴史を体系的にまとめたもので、その資料的価値は高く評価されました。また晩年には富山を訪れ、郷土資料の収集にあたりました。 以前より得能は、医者から糖尿の疑いを指摘されていましたが、足を引き摺りながら各地の骨董展示会に出かけました。満足に治療を受けることなく、各地を飛び回る生活を続けて無理を重ね、同14年7月12日、ついに69年の生涯を閉じます。 刀の本質を、鋭い視点と経験で、総合的に分析・推測して極めるという彼の精神は、刀剣研究を志す人々の心に生き続けています。
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得能一男
得能一男
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