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となみ野ストーリー
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掲載日:2013年4月1日 次回更新日:2013年5月1日
となみ野ストーリー 第65回.北欧神話に魅せられた男

●英語のルーツに関心を深める
 ゲーム『ファイナルファンタジー』やファンタジー小説を通じて、北欧神話への関心が高まっています。そうした流行に先駆けて、北欧神話と日本神話の共通点を分析したのが水野知昭です。
水野は昭和24年1月、西礪波郡津沢町(現在の小矢部市津沢)で生まれました。高校の物理教諭だった父の口癖は、「男たるもの、理系に進むべき」でした。高校3年生の時、水野は進学について悩み、父の影響から理系を目指します。結局不合格となった彼は、翌年東北大学文学部に入学します。卒業後は、同学文学研究科博士課程へ進み、助手を勤めながらラテン語や古英詩の勉強に励みます。また同53年からは日本大学工学部で英語の専任講師・助教授となり、古英詩の口承定型句と比喩表現を研究します。
 かねてから神話の研究をしたかった彼は、昭和57年にストックホルム大学に留学します。この間に、「北欧神話を研究しなければ、古英詩の意味を正しく理解できない」と思うようになります。平成7年には信州大学人文学部教授として赴任、学生に北欧神話と古英詩の魅力を伝えました。
●富山弁が専攻の動機
 退職までの任期10年を切った頃から、何かに突き動かされるように研究に没頭するようになります。「後に続く研究者のために、今自分が書かなければ…」という使命感がそうさせたのか、精力的に論文を書き続け、70数本もの論文を残しました。
 しかし平成17年10月にクモ膜下出血で亡くなります。享年56、あまりにも短い、独学独歩で生き続けた研究者人生でした。生前彼は、「退職してからいつかは晴耕雨読の生活を送りたい」と思い続けていましたが、叶いませんでした。家庭では富山弁だった彼は、毎年講義の初めに、「僕のイントネーションは富山弁が基本だ」と話していました。妻には「大学で言語学を専攻したのは、津沢で育って富山弁を話していたからだ」とも語っていました。


水野知昭


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