5月1、2日に南砺市福野地域中心部で行われる福野夜高祭を受け継ぐ町内の一つ、七津屋の有志が、夜高行燈(あんどん)の核となる田楽行燈を30年ぶりに新調した。躍動感あふれる武者の姿を、町ならではの模様で彩った。ことしの祭は新型コロナウイルス感染拡大の影響で中止になったが、新たな行燈を前に「来年こそ」と前を向いている。 (湯浅晶子)
福野夜高祭は1652(慶安5)年、大火からの復興と安寧を願って伊勢神宮のご分霊を迎えた際、住民たちが行燈をともしたのが由来とされる。祭の原点となる田楽行燈は、現在はツリモン(吊物)と呼ばれる飾りに守られるように、引き回される夜高行燈に取り付けられている。
七津屋の田楽行燈は、30年前に香川県内で練り回しを行った際、当時裁許長だった晩田啓人さんや若衆の重原弘明さん(59)、森田勝彦さん(59)ら、地元メンバーが制作。傷みが目立つようになったこともあり、令和や東京五輪といった時代の節目を華やかに飾ろうと、30年前と同じメンバーで新しい田楽行燈作りを進めた。
高さ2メートル、幅1・3メートル。行燈の歌から着想を得て、重原さんが描いた。七津屋伝統の模様を取り入れ、鮮やかな武者絵に仕上げた。重原さんは「唯一無二の田楽行燈で、七津屋の心意気を示した」と言う。
ろう引きを手掛けた森田さんは「次の30年へと、祭を未来につないでもらいたい」と話す。晩田さんは来年に向け「新しい田楽行燈で祭をさらに盛り上げていきたい」と意気込んでいる。
5月1、2日に南砺市福野地域中心部で行われる福野夜高祭を受け継ぐ町内の一つ、七津屋の有志が、夜高行燈(あんどん)の核となる田楽行燈を30年ぶりに新調した。躍動感あふれる武者の姿を、町ならではの模様で彩った。ことしの祭は新型コロナウイルス感染拡大の影響で中止になったが、新たな行燈を前に「来年こそ」と前を向いている。 (湯浅晶子)
福野夜高祭は1652(慶安5)年、大火からの復興と安寧を願って伊勢神宮のご分霊を迎えた際、住民たちが行燈をともしたのが由来とされる。祭の原点となる田楽行燈は、現在はツリモン(吊物)と呼ばれる飾りに守られるように、引き回される夜高行燈に取り付けられている。
七津屋の田楽行燈は、30年前に香川県内で練り回しを行った際、当時裁許長だった晩田啓人さんや若衆の重原弘明さん(59)、森田勝彦さん(59)ら、地元メンバーが制作。傷みが目立つようになったこともあり、令和や東京五輪といった時代の節目を華やかに飾ろうと、30年前と同じメンバーで新しい田楽行燈作りを進めた。
高さ2メートル、幅1・3メートル。行燈の歌から着想を得て、重原さんが描いた。七津屋伝統の模様を取り入れ、鮮やかな武者絵に仕上げた。重原さんは「唯一無二の田楽行燈で、七津屋の心意気を示した」と言う。
ろう引きを手掛けた森田さんは「次の30年へと、祭を未来につないでもらいたい」と話す。晩田さんは来年に向け「新しい田楽行燈で祭をさらに盛り上げていきたい」と意気込んでいる。