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となみ野ストーリー
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掲載日:2014年8月1日 次回更新日:2014年9月1日
となみ野ストーリー 第10回.北陸新幹線の実現を夢見た男

●北回り新幹線の実現を目指す!
 「太平洋側と比べて日本海側は交通網に遅れをとっている。東京から北陸を通って、大阪につながる北回りの新幹線を建設していただきたい!」
 昭和40年(1965)、金沢市で開かれた一日内閣の席で、突然岩川は当時の首相佐藤栄作に熱い口調で訴えました。彼の迫力に佐藤も驚き、熱心に耳を傾けたといいます。彼は緻密に調べ上げたデーターをもとに「裏日本(現在はこういった言い方は差別表現となり使用されることがなくなりました。現在は日本海側という表現をします)」と呼ばれ、開発が遅れていた北陸に、東海道新幹線のバイパス路線として、「北回り新幹線」を建設するべきだと熱く語りました。

●となみ野を愛した熱い男
 岩川毅は大正3年(1913)、東礪波郡出町中神(現在の砺波市新富町)で小さな印刷会社を営む岩川範介の長男として生まれました。範介は大の政治好きで、岩川の名前は親交のあった当時の政界の実力者、犬養毅(のち首相)に頼んで、名前をもらいました。
 県立砺波中学校(現在の県立砺波高校)を卒業後、父の経営していた中越印刷に入社し、昭和19年(1944)に社長に就任、以後彼は多くの業種に進出する「中越グループ」の総帥として、砺波地区の経済界をリードしました。
 また岩川は戦後、周囲に押されて、富山県議になりました。以後三期連続つとめ、同30年には県議会議長になります。
 さて彼の足跡は数限りなく挙げられます。例えば砺波市にある「夢の平スキー場」の開発、国道156号線の砺波・高岡間の道路舗装、北陸自動車道の誘致と砺波インターの開設、長野県と富山県を結ぶ安房峠をトンネルで通す「安房トンネル」の建設の提唱、出町の都市改造(区画整理)などがそうです。岩川は地元の発展のためには、と惜しみなくカネを捻出しました。


砺波商工会議所の1階ロビーにある、岩川の胸像。となみ野に大きな足跡を残した彼は、遠くを見つめて何を思っているのでしょうか?


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