第56回 とのさまと清水(1/2話)
井口の池田村にある熊野神社に伝わるお話です。 今からおよそ百六十年前の江戸時代の終わりのことです。 夏の盛りのある日、焼けつくような道を、見知らぬ二人連れの武士が井口にやってきました。 「とても景色のよいところに来たが、ここはなんと言うところか」 「越中の国、井口でございます。向こうに見える山並みは、赤祖父(あかそぶ)山でございます。山頂のブナ林に続く雑木林には、春は椿の花が咲き乱れ、それは見事だと聞いておりまする。殿様、ここらで一休みしましょう」 二人は涼しい木陰を求めて、近くの神社の中に入っていきました。 「小さな神社ですが、きれいにしてありますなぁ」 「里人が大切にしておるのであろう。それにしても喉が渇いたのう」 「近くに飲み水がないか、訪ねて参りましょう。ちょうど向こうに、こちらを見ておる者たちがおります」 石垣に隠れてのぞき見をしている二人の百姓がおりました。 「與助(よすけ)さん、この辺では見ない立派なお侍やちゃ」 「ご家来のお侍は、ずいぶん怖そうなお人じゃ。三九郎さん、早く逃げよまいけ」 「待て待て。主の方は、なんだか元気がない様子じゃ。どうしたがやろ」 「そんなこと言うとるから、こっちの方に気づいたみたいや。三九郎さん、はよ逃げよまいけ」 とうとう二人は見つかってしまいました。 −つづく−
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「三九郎さん、はよ逃げよまいけ」
「三九郎さん、はよ逃げよまいけ」
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