第95回 光圓寺をひらいた明賢さま(2/2話)
真の教えに触れた新七郎は、それ以来、吉崎御坊にずっと留まることにしました。蓮如上人のお話をお聞きするごとに、浄土真宗の素晴らしさがどんどん分かるようになってきました。 こうした新七郎の教えをきく態度、人としての素晴らしさを認めた蓮如上人は、新七郎に「明賢(みょうけん)」という法名と「帰命尽十方無碍光如来(きみょうじんじっぽうむげこうにょらい)」の名号(みょうごう)を与えました。 それからというもの、蓮如上人が五箇山などに足を運ばれる際、明賢様は喜んでお伴しました。 その後、明賢様は故郷である別所に帰ってきました。 明賢様は村の人々に「南無阿弥陀仏(なみあみだぶつ)」の念仏を唱え、お互いに話し合うためのお寺(光圓寺)を開きました。 それ以来、朝や夕方には、みんなの家から清々しいお念仏の声が響くようになり ました。 そして明賢様から数えて七代目にあたる祐貞(ゆうてい)様が、光圓寺を別所から久泉に移され、本願寺から阿弥陀様をいただかれました。 真宗の教えは庄川の流れのように、お念仏の声は散居の小鳥たちのさえずりとともに、毎日清らかに聞こえてきます。 −おしまい−
●このお話は、砺波市立庄南小学校が制作した「庄南むかしばなし」より一部加筆・修正の上、転載しました。
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現在の光圓寺
現在の光圓寺
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